汎用スペクトラムアナライザ (掃引型)
高周波信号の「振幅 vs 周波数」を広いスパンで掃引し、大まかな周波数分布をリアルタイムに観測する汎用計測器です。フィルタ(プリフィルタ)は固定式が一般的で、強力な帯域外ノイズによりミキサが飽和しやすい特性があります。
信号源コントロール
動的ブロックダイアグラム・アニメーション
信号が各ブロックを通過する際の波形変化と「ミキサ飽和」の仕組みをビジュアルで確認できます。
フィルタ部の動作比較
検波方式・歪みの違い
検波器リアルタイム調整
パルス入力に対する「Peak」「Quasi-Peak (準ピーク)」「Average (平均)」検波器の挙動の違いをシミュレートします。
パルス検出時の電圧上昇と放電時の挙動:
\(V(t) = V_{peak} \cdot e^{-t/\tau_d}\) (放電時)
人間の耳や脳に不快感を与える「ノイズの繰り返し頻度」を加味するため、充電は極端に速く、放電はきわめて遅く設定されます。
💡 観測・理解のポイント
- 繰り返し周波数(PRF)を下げると: パルスの時間間隔が開き、次のパルスが来る前にQPの値が深く放電されるため、QPの指示値は低くなります。
- 繰り返し周波数(PRF)を上げると: 放電しきる前に次のエネルギーが補給されるため、QPの指示値はPeak値に限りなく近づきます。
- これは「同じ音量の不快なクリックノイズでも、1秒に1回鳴る(PRF小)よりも1秒に100回連続で鳴る(PRF大)方がうるさく感じる」という人間の体感評価(CISPR規格の根幹思想)と一致しています。
1. プリフィルタ vs プリセレクタの仕組みと歪み理論
フロントエンドのフィルタリング構造とミキサにおける相互変調(IMD)飽和の数理
汎用スペアナの「プリフィルタ(固定式)」
汎用スペクトラムアナライザの入力段にあるのは、フロントエンド全体の超広帯域(例:DC~3.6GHz)を一括で通す単純な固定プリフィルタです。
🚨 飽和(オーバーロード)のメカニズム:
ミキサはダイオードやトランジスタ等を用いた高度な非線形素子です。ここに測定対象外(IFフィルタの外部)の強力なマルチパルスや高出力信号(周波数 \(f_1, f_2\))がフィルタを通って同時に飛び込むと、ミキサの3次非線形項により3次相互変調歪み(IM3: Third-Order Intermodulation Distortion)が発生します。
$$\text{IM3周波数} = 2f_1 - f_2 \quad \text{および} \quad 2f_2 - f_1$$
このIM3成分が、たまたま現在掃引している測定周波数と一致すると、測定画面上には「実在しない偽のスペクトルピーク(スプリアス)」や、ノイズフロアの不自然な上昇としてレンダリングされてしまいます。
EMIレシーバの「プリセレクタ(追従同調式)」
EMIレシーバには、測定対象となる周波数に精密に連動(トラッキング)して、自動的に通過帯域を絞り込む急峻な多段同調フィルタ「プリセレクタ(Preselector)」が初段に配置されています。
🛡️ プリセレクタによる遮断効果:
測定周波数の帯域外にある不要な大電力エネルギーは、ミキサに入力される「手前」でプリセレクタによって物理的に数10dB以上減衰されます。
$$\text{ミキサ入力パワー} P_{in} = P_{target} + \underbrace{\alpha \cdot P_{out-of-band}}_{\approx 0 \ (\text{急峻遮断})}$$
ミキサに到達する総エネルギーが極小に抑えられるため、ミキサは完全に直線(リニア)な動作領域を維持し、IM3などの歪み混入やゲイン・コンプレッション(感度抑圧)が起こりません。これにより微弱ノイズの正確な絶対値測定を保証します。
2. QP / EMI AVE / rms-AVE 検波の精密な数理
規格ノイズ評価の心臓部である各検波器時定数と実効電力(熱等価)測定
QP (準ピーク) 検波
物理的なピーク(Peak)と平均値(Average)の「中間」を狙った検波です。EMC規格の原点である「人間の体感的なノイズの不快度合い(妨害効果)」を模すために設計されました。
・充電時間常数 \(\tau_c\): \(1 \text{ ms}\)
・放電時間常数 \(\tau_d\): \(160 \text{ ms}\)
・メーター時定数 \(\tau_m\): \(160 \text{ ms}\)
充電が極端に速く、放電が極端に遅いため、パルスの繰り返し頻度(PRF)が上がるほど指示値はうなぎ登りに増大し、Peak検波に漸近します。
EMI Average (平均) 検波
包絡線検波器の出力を長い時定数のローパスフィルタ(LPF)に通し、信号の平均電圧値を算出します。
パルス性ノイズに対する応答性能:
$$V_{avg} = V_{peak} \times D = V_{peak} \times (\tau_{pulse} \times \text{PRF})$$※ \(D\) はパルスのデューティ比。ノイズ発生回数に完全比例して直線的に値が低下します。
パルスなどの過渡的ノイズ(非連続波)は非常に小さく指示されるため、連続的に発生する狭帯域なデジタル・アナログ伝送信号の切り分けに極めて威力を発揮します。
rms-AVE (二乗平均平方根)
近年普及しているデジタル変調波(OFDMなど)や、高密度・不規則な広帯域データノイズの実効値・熱エネルギーを正しく定量化するために規格化された最新の検波器です。
瞬時包絡線電圧の二乗平均平方根:
$$V_{rms} = \sqrt{\frac{1}{T}\int_{0}^{T} [v(t)]^2 dt}$$※信号波形に関わらず、等価な「熱仕事量(実効電力)」として厳密にノイズを測定可能。
従来の平均検波のようにデューティ比で低めに出る欠点を補い、通信波妨害などのリアルなパワー評価を精密に行うことができます。
3. 周波数掃引(スキャン)方式の違いと掃引限界方程式
連続掃引における物理的スピード制限と、タイムドメイン高速スキャンによる時間革命のからくり
連続掃引 (ヘテロダイン方式)
局部発振器(LO)へ鋸歯状波の制御電圧を加え、測定帯域幅(Span)を「アナログ的に流しながら」連続測定するスペアナ伝統 of 伝統の方式です。
※ \(k\) は定数(一般的に約 1~2)。IFフィルタが信号通過時に十分に立ち上がるため、RBWの2乗に反比例して「遅く」掃引する必要があります。これより早く掃引すると、振幅低下と周波数シフト歪みが生じます。
⚠️ 単発インパルスの見落とし:
測定中に別の周波数をヘテロダイン処理している瞬間に入ったインパルス(過渡的ノイズ)は、測定点が通り過ぎているため完全にキャッチできず、スルーしてしまいます。
ステップ掃引 (EMI規定測定)
周波数を連続的に動かすのではなく、設定した規格解像度ステップごとにLOをデジタルステップで歩進させ、一歩留まるごとに規定の観測時間(Dwell Time: 一般に100ms〜1s以上)停止して静止測定する極めて堅実な方式です。
30MHz〜1GHzの帯域(Band C/D)を、Dwell Time \(100\text{ ms}\)、規定分解能 \(120\text{ kHz}\) の半ステップ幅(\(60\text{ kHz}\))でステップスキャンすると: $$\text{ステップ数} = \frac{1000\text{MHz} - 30\text{MHz}}{60\text{kHz}} \approx 16,166$$ $$\text{総計測時間} \approx 16,166 \times 0.1\text{ s} \approx 1,616\text{ 秒 (約 27 分)}$$ これが準ピーク検波(QP)での測定(Dwell Time約1秒が必要)となると、スキャンだけで4.5時間以上を要します。
タイムドメイン・高速FFTスキャン
最新のEMIテストレシーバが採用する、超広帯域高速A/DコンバータとFPGAを活用した、現代の測定テクノロジーです。
⚡ ギャップレスオーバーラップFFT解析:
アナログ同調段でダウンコンバートした一定の広帯域(例:数10MHz~数100MHzのIFセグメント)を、一切間隔を空けずにデジタルサンプリングし、超高速FFT処理を時間軸方向にオーバーラップさせて並列演算します。
⇒ かつて「数時間」かかっていた高精度EMIフルスキャン測定が、わずか「数秒」へと短縮されます。
常に広い周波数窓を同時凝視しているため、発生頻度の低い単発の過渡的インパルスノイズも100%取りこぼすことなく瞬時に捕捉・分析が可能です。
スペクトラムアナライザとEMIレシーバの性能比較一覧
| 比較項目 | スペクトラムアナライザ (SA) | EMIレシーバ |
|---|---|---|
| 主要目的 | 高周波信号の「定性的」なスペクトルの素早い探索、歪み測定、変調解析などの汎用研究開発。 | 各種EMC規制規格(CISPR, FCC, VCCI等)への「定定量」な適合性評価および正式認証試験。 |
| フロントエンド・フィルタ |
プリフィルタ(固定式) シンプルな低域通過・帯域通過のみ。強い帯域外のインパルスノイズが通過し、高感度アンプやミキサが容易に飽和する。 |
プリセレクタ(追従同調式) 測定周波数に完全連動する複数ステップのバンドパスフィルタ。不要な周波数エネルギーをミキサの手前で100%遮断する。 |
| 中間周波数 (IF) フィルタ |
3dB 帯域幅 (ガウシアン形状) 汎用分析に適した形状。CISPR規定の6dB帯域幅とはフィルタ形状および通過帯域幅の定義が異なる。 |
6dB 帯域幅 (CISPR規格形状) CISPR16-1-1で厳格に定義されたインパルス評価用フィルタ(200Hz, 9kHz, 120kHz, 1MHz at -6dB)。 |
| 検波器の種類 |
Peak, Average, Sample, Normal 等。 (※一部、上位スペアナにはオプションでQPが追加可能な場合もあるが動作速度・精度が限定的) |
Peak, QP (準ピーク), EMI Average, RMS-Average 規格合否判定に不可欠な、時間重み付けを有する専用検波器。 |
| 周波数掃引方式 |
連続掃引 (アナログ的鋸歯状波) 鋸歯状波などによる周波数の連続掃引。過渡的なインパルスノイズ(単発・低繰り返し)を見落とす確率が高い。 |
ステップ掃引 / 高速FFTスキャン 設定ステップごとの離散的な測定、またはリアルタイムFFTによる同時マルチチャネル取り込み(タイムドメインスキャン)。 |
| 測定精度 | 一般に \(\pm 1.0 \sim 2.0 \text{ dB}\)。長期安定性や外部ノイズ耐性はEMIレシーバに比べ劣る。 | 極めて高い自己校正精度(一般に \(\pm 0.5 \sim 1.0 \text{ dB}\) 以下)。温度安定性と高い直線性。 |
スペアナ&EMIレシーバ 理解度クイズ
ここまでの動的挙動や比較から、EMC試験と計測器の本質についての知識を確認しましょう。
汎用スペクトラムアナライザで、強い「帯域外ノイズ(測定レンジ外の信号)」が入力された際、なぜ測定画面にノイズフロアの上昇や偽ピーク(歪み)が現れるのでしょうか?
EMIレシーバが搭載する「準ピーク(QP)検波器」が、一定振幅のパルス信号に対して、その繰り返し周波数(PRF)に応じて値を変化させる理由は何ですか?
CISPR等のEMI測定規格において、通常の製品認証評価(正式試験)でスペアナではなく「EMIレシーバ」を義務付ける最も大きな理由は何ですか?