2トーン信号 ($f_1, f_2$)、相互変調歪み(IM3)、1dB圧縮点(P1dB)の相互関係を解き明かす
シミュレーターや解説に登場する専門用語を、**「日常の声のやりとり(マイクやアンプ)」**に例えて分かりやすくまとめました。
【たとえ:声のエネルギーの大きさ】
電波の「強さ・電力」を表す単位です。0 dBm が 1mW(ミリワット)に相当し、値が大きくなるほど強力な電波になります。対数(デシベル)計算なので、+10dB増えるごとに電波のエネルギーは10倍に跳ね上がります。
【たとえ:マイクアンプのボリューム】
デバイスが入力電波をどれくらい強力にするかという「パワーアップ倍率(増幅率)」です。単位は dB です。例えば入力が -10 dBm でゲインが 15 dB の場合、出力は足し算で +5 dBm になります。
【たとえ:二人の人が同時に出す声】
周波数の異なる2つの綺麗な電波のことです。電子回路に1つの電波だけを通してもお互いが混ざる歪みは起きませんが、2つの電波が同時に入るとお互いがぶつかり合い、新しい不要な歪みの波(ゴースト)を発生させます。
【たとえ:声が割れたときに出る不快な雑音】
2つの電波($f_1, f_2$)がアンプ内部で衝突して生まれる、最悪の「お邪魔スプリアス(ゴースト電波)」です。元の電波のすぐ隣に生まれるためフィルタで防げず、自分たちが通信したいメインチャンネルに覆い被さって受信を妨害します。
【たとえ:スピーカーが音割れする限界ボリューム】
アンプが処理できる現実世界のパワーの限界です。電波を大きくしすぎるとアンプが飽和し、「理想のパワー(リニア)」から1dBぶん目減り(圧縮)してしまいます。これより上の入力では、まともに電波を増幅できません。
【たとえ:歪みにくさ(頑丈さ)の指標】
基本波は傾き1で増え、IM3は傾き3(3倍の急ペース)で増えます。現実の限界(P1dB)を無視してこの2つの直線を伸ばし続けたときに、歪みが本物の電波の強さを追い越してしまう理論上の交点です。この値が高いほど歪みに強いことを示します。
【たとえ:快適に聞き取れる音量の幅】
アンプが「お邪魔歪み(IM3)」や「システムの底雑音(ノイズフロア)」に一切邪魔されずに、一番小さな電波から一番大きな電波までをクリーンに扱える範囲のことです。SFDRが広いアンプほど、優秀で頑丈な受信システムを組めます。
【たとえ:入口(入力)で測るか、出口(出力)で測るか】
IP3の値を、アンプに入る前の「入力電力」で評価したものを IIP3(Input IP3)、アンプで増幅した後の「出力電力」で評価したものを OIP3(Output IP3) と呼びます。 アンプは中で信号を大きくするため、関係性は「$OIP3 = IIP3 + \text{利得 (Gain)}$」になります。受信機の部品は入力に厳しい電波が来ることが多いため、IIP3がよく使われます。
デバイスに1つの周波数 $f$ のみを入力する試験(シングル・トーン試験)では、歪み成分として $2f, 3f, 4f$ といった「高調波(ハーモニクス)」が発生します。
これらは元の周波数 $f$ の2倍、3倍の位置に現れるため、受信機内の単純なバンドパスフィルタやローパスフィルタで**完全にシャットアウトすることが可能**です。実務上、高調波がシステム内部の重大な混信になるケースは限定的です。
実際の電波環境(EMCやマルチチャネル通信)では、アンプやアンテナに**異なる周波数の複数の電波**が同時に入り込みます。これを模擬するのが $f_1$ と $f_2$ の**「2トーン信号」**です。
非線形デバイスの中にこれら2つの信号が同時に入ると、互いの周波数が混ざり合う**「相互変調歪み(IMD: Intermodulation Distortion)」**が発生します。
2つの正弦波 $v_{\text{in}} = A(\cos \omega_1 t + \cos \omega_2 t)$ がデバイスの3次歪み項 $a_3 v_{\text{in}}^3$ に通されると、三角関数の和積の公式から、以下の成分が新しく作られます:
仮に、基本信号 $f_1 = 1000\text{ MHz}$、$f_2 = 1001\text{ MHz}$ とすると、周波数間隔 $\Delta f$ はわずか $1\text{ MHz}$ です。 このとき発生する3次相互変調歪み(IM3)を計算すると:
⇒ この歪み波は、元の波のすぐ外側($\Delta f = 1\text{ MHz}$隣)に発生します。これほど近い位置の不要波は、受信機内の急峻な中間周波(IF)フィルタであっても切り分けることができず、通信のメインチャネルに直接被さって受信不能にする「混信」を引き起こします。
実務の設計や信頼性試験において、アンプ等のIP3特性はスペックシートから読み取るだけでなく、**スペクトラム・アナライザの実測値から直接計算**して算出するのが一般的です。以下のステップを踏むことで、誰でも簡単に求めることができます。
等しい入力電力 ($P_{\text{in}}$) で2トーン波を通したときの出力を測定。以下を読み取ります。
基本信号のパワーが、3次歪み(IM3)よりも何dB強かったか、その差分 $\Delta P$ (dB) を求めます。
基本波より歪みが「3倍のスピード」で成長することを考慮して、差分の「半分」を足し合わせます。
グラフの対数(dB)目盛において、基本波は「傾き 1」、IM3歪みは「傾き 3」の直線として表されます。 この2つの直線の傾き(変化率)の差から、シンプルな幾何学モデルを用いて「なぜ半分(2で割る)なのか」を簡単に証明できます。
現在の入力電力 $P_{\text{in}}$ から、理想の交点(IIP3)までの「X軸(入力電力)上の距離」を $D_x$ (dB) と置きます。
入力を現在の点から $D_x$ だけ増加させて交点(IIP3)まで引き上げると、出力電力はそれぞれ以下のように増加し、最終的に交点(OIP3)で一致します。
この2つの式(②式 - ①式)の引き算をすると、交点 $OIP3$ が綺麗に打ち消し合い、測定値の差である $\Delta P$ と $D_x$ の関係が現れます。
左辺は「基本波出力と歪み出力の測定値の差 $\Delta P$」そのものなので、式を整理すると次のようになります。
①式より、現在の基本波出力点から交点($OIP3$)までの縦方向の距離も $D_x$ に等しいため、以下のシンプルな最終式が導かれます。
このように、「3次歪みは基本波の 3 倍の急ペースで追いついてくる(= 変化率の差が $3 - 1 = 2$ になる)」という直線幾何学の関係性があるからこそ、測定値の差である $\Delta P$ を「2」で割るだけで、見事に交点(IP3)までの距離を逆算できるのです。
シミュレーター内の「標準アンプ」プリセットを用い、入力電力を -10.0 dBm にセットした状況を考えます。
⇒ この簡単な「測定値の差の半分を足す」だけで、測定が不可能な仮想の交点(IP3 = +40 dBm)を高精度に特定することができます!
アンプなどの入力電力を 1 dB 上げると、基本信号(1st order)の出力電力も正確に 1 dB 増加します(傾き1)。 しかし、3次相互変調歪み(IM3)は、入力電力が 1 dB 上がると**出力は 3 dB 増加**します(傾き3)。
これは、入力電力が小さいうちはIM3が全く見えなくても、電波が少し強くなった瞬間に、**歪みだけが3倍 of スピードで急激に立ち上がり、一瞬で希望信号を埋め尽くしてしまう**ことを意味します。このクロスポイントがIP3(3次インターセプト点)です。
「IP3の交点に達すると歪みが元波と同じ強さになるのか?」と思われるかもしれませんが、**現実にその交点に到達することはありません。**
なぜなら、実際のデバイスはそこまで高い電力を出力できず、はるか手前で飽和(サチュレーション)するからです。この現実の出力限界を示す指標が **1dB圧縮点($P_{\text{1dB}}$)** です。
無線イミュニティ(耐ノイズ性)において重要となるのが、**「歪み(IM3)が発生せず、かつノイズに埋もれないクリーンな動作領域」**の広さです。これを**SFDR**と呼びます。
SFDRが広い受信機は、強大な妨害電波($f_1, f_2$)が近くにあっても、それによる相互変調歪みに負けずに、微小な希望信号をクリアに受信し続けることができます。IP3が高いデバイスほど、このSFDRを圧倒的に広く確保できます。